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一陣の風が玄関口を吹き抜け、紗季は思わず雄二に抱きついた。
気のせいだろうか。紗季は雄二の身体が、ある種の虚弱さに包まれているような感覚を覚えた。
その、激情が迸るような肉体とは裏腹に……。
この虚弱さは、あのタイトル戦の悪夢と関係があるのだろうか。
「んじゃ、行ってくるわ」
紗季の身体を優しく押し戻すと、雄二は天真爛漫な笑顔で言った。
まるで、今しがた紗季が感じた虚弱さが、嘘のような笑顔だ。
真冬の朝六時は、未だ闇に包まれている。
それでも、毎朝、仕事前のロードワーク8キロは欠かさない。
近頃、あの悪夢にうなされるようになって一層、練習に身が入るようになったように思われる。
まるで、見えざる何者かと闘うかのように……。
雄二を突き動かす情動……それはいったい何なのだろう。
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