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雄二は河川敷を一心不乱に走ってゆく。
その凜とした目には、一点の曇りもない。
雄二は走ることが好きだった。
走っている間のみ、あらゆる煩悩から解放されるのだ。
雄二の脳内では、映画「ロッキー」のテーマ曲が爽快に流れている。
時折、両腕を天高く突き上げ、
「エイドリアーン!」
と意味不明な雄叫びをあげ、運悪く通りかかった通行人をひっくり返らせる。
雄二は走る。
まるで……今朝の悪夢から逃げるかのように……。
時折すれ違う顔見知りと、軽く挨拶を交わしながら走ってゆく。
通勤中の初老の日雇い労働者は、
「この不況で仕事にあぶれる日が多くて、ガソリン(酒)入れる金もねえよォ」
と派手に笑い飛ばした。
笑い事ではないが……笑い飛ばさねば泣いてしまうしかないような、理不尽な宿業の中で生きているのだろう。
(俺も……同じだ……)
そんな思いが脳裡をよぎった途端、今まで一点の曇りもなく快走を続けていた雄二の心に、かすかな染みがひろがった。
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