走り続ける者

3/9
前へ
/52ページ
次へ
. 雄二は河川敷を一心不乱に走ってゆく。 その凜とした目には、一点の曇りもない。 雄二は走ることが好きだった。 走っている間のみ、あらゆる煩悩から解放されるのだ。 雄二の脳内では、映画「ロッキー」のテーマ曲が爽快に流れている。 時折、両腕を天高く突き上げ、 「エイドリアーン!」 と意味不明な雄叫びをあげ、運悪く通りかかった通行人をひっくり返らせる。 雄二は走る。 まるで……今朝の悪夢から逃げるかのように……。 時折すれ違う顔見知りと、軽く挨拶を交わしながら走ってゆく。 通勤中の初老の日雇い労働者は、 「この不況で仕事にあぶれる日が多くて、ガソリン(酒)入れる金もねえよォ」 と派手に笑い飛ばした。 笑い事ではないが……笑い飛ばさねば泣いてしまうしかないような、理不尽な宿業の中で生きているのだろう。 (俺も……同じだ……) そんな思いが脳裡をよぎった途端、今まで一点の曇りもなく快走を続けていた雄二の心に、かすかな染みがひろがった。 .
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

82人が本棚に入れています
本棚に追加