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おんぼろアパートで一人暮らしをする徹平は、大学二年生の、ごくごく普通な男だ。少し、お人好しなところを除けば。
ただ、いくらお人好しといっても、不法侵入した見知らぬ人間を招き入れるほど寛大でもない。
「何ですか、あんた」
募る不信も隠さず、仏頂面で尋ねた。
「驚かせてすみません。疑うのも無理ないでしょう。私こういう者でして」
と、名刺を渡してきた。
肩まで伸ばした柔らかそうな茶髪に、膝丈の真っ白なワンピース。軽くフリルもあしらわれたそれに身を包まれた彼女に、名刺など不似合いだ。
受け取りはしないものの、書かれた文字は目に入った。
『愛の組織所属 愛の精霊 No.108』
ふざけているとしか思えない。
頭のいかれた犯罪者を警察に突き出すため、迷わず携帯電話を手に取った。
「あ、私電話とか高度な文明機器は持っていないので、番号交換はできません」
誰がするか、そんなこと!
すかさず怒鳴りたくなったが、刺激するのもまずいので無視しておく。
1をダイヤルすると同時、インターホンが鳴った。
出ようかどうか迷ったが、第三者の力が必要だと判断し、玄関へ向かう。
「おっす木下ー」
積み上げられた漫画本を抱えた男は、隣人の酒井だ。先日貸してやったのを返しに来たのだろう。
「酒井、助けてくれ」
「何、どうしたよ」
いつになく真剣な徹平に、酒井もたじろぐ。
「なんかわからないけど、今、知らない女がうちにいるんだ」
「……マジで? えっ今? 泥棒? ストーカー?」
「知らない。いいから来てくれよ、話通じないんだ」
え、と嫌な顔をしたのは一瞬で、酒井はさっさとついて来た。
細身の女ひとりに男ふたり。刃物でも持ってこなければ危険はないだろう。
いや、もしかしたら武器になる物を携帯しているかもしれない。台所にある包丁を突き付けられたら、下手な抵抗はできない。嫌な想像を巡らせながら、悪友を部屋に通した。
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