一日目 am10:00

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 がちゃりと扉が開く音が耳に入る。誰かはわかっている。今日この出版社にいるのはこの男と私だけだった。今日は忙しいのか、社長である彼と私だけは出払っていたのだ。  彼は天然パーマがかかった茶髪を掻きながら、眼鏡の奥の瞳を細めた。 「相変わらずしけた顔してますなー。もう三十三だ、体のことも考えて煙草もやめたらどうです?」 「やかましい」  私は厳密に言えばフリーライターと呼ばれる身分だが、今現在は出版社に常駐して仕事を受けるという働き方をしている。ライターは人脈がものをいう職業だ。この十年間、私は死に物狂いでこの職業にかじり付いてきた。  この職業でなければ私は食べていけない。この職業でなければ、という使命感のような物が頭の隅で圧倒的な存在感を放っていた。 「別に、俺だって物思いに耽りたいことくらいはある。楽観的なお前と一緒にするな」  この男――、社長である彼の名前は榊原 清司(さかきばら せいじ)。【清】という名前が入っている割には心は清くないところが、高校時代の友人に似ていた。そういうジンクスでもあるのだろうか。  彼は私の三つ下で、現在三十歳。五年前ライターとして知り合い、先輩後輩の関係でやっていたが急に何を思ったか出版社を設立しようと言い出して、私も仕事が空いたときはそれに協力する形になっている。
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