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彼女との出会いは、一年ほど前にさかのぼる。
あれは、少し肌寒い日の、
朝と言うには少し日の昇りすぎた時間帯だった。
俺はいつもの寒さ対策には乏しいトレンチを羽織って、朝食ついでに仕事内容の情報を集めようと行きつけの喫茶店へと向かっていた。
当時請け負っていた仕事は、あまり大声では言えないが、いわゆる窃盗関連のものだった。
知識こそ力、本こそ宝。常識外れの俺が常識を語るならば、誰もが欲しがる魅惑の本、隠された書、そしてプレミアがつくほどの希少価値を誇る書籍―通称、禁書を盗み出すお仕事。
図書館からの盗みの仕事はいくつか経験していたが、今回の相手はただの図書館ではない。
狭苦しい街に乱立する大小さまざまな図書館の中で、圧倒的な存在感を示す、豪華で荘厳で重厚な、歴史を感じさせる巨大な建築物―国立図書館。
国が管理しているだけあって、蔵書数はナンバーワン。他に追随を許さぬその膨大な書籍の総数は不明、そして誰もが喉から手が出るほど欲する禁書でさえも、掃いて捨てるほど収められている、とか。
本嫌いの俺が行ったことがあるわけもなく。あくまでもそう言われているという噂程度の情報しかない。
「ソルドさん、国立図書館の見取り図ない?」
喫茶店のドアを押し開けて、一番奥の席を陣取る。すっかり顔なじみの店主が、目を細めて頷いた。値段どおりの薄いコーヒーと一緒に、角砂糖が三つ小皿に入って渡される。さすが国立図書館、情報は安くない。
「ついでに影の書、ってやつの情報も欲しいんだけど」
積み上げられる角砂糖。その数は全部で五つ。このコーヒーは後二杯ほど飲んでもバリトン銅貨一枚で済むのに、お仕事の情報はテノール銀貨五枚。割に合わない世の中だ。
文句を言いたいの山々だが、相手も商売なのだから仕方がない。コートのポケットを漁って、縁がぎざぎざとした感触のコインを五枚引っ張り出す。財布買わないとなあ、そんなことを思って早三年。正直、なくてもやっていけている。
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