Moonlight

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『………キミ…?』 『…………。』 赤い夕日の光がブラインドの隙間から射し込み、彼の顔を静かに照らしていた。 チラと、入ってきた俺を見やる彼の表情はあまりにも儚くて、危うげな印象を抱かす。 『…………大丈夫か?』 『………ぉん…』 目尻を赤く染めた瞳が、細く歪む。 たまらなくなって、気付けば窓際に駆け寄ってその体躯を抱きしめていた。 『…大丈夫や。もう大丈夫やから、我慢すな。キミ。』 『…………。』 『……何があったか、ゆっくりでええ。ゆっくりでええから。……な?』 『……ッ…ヒ、ナ……。』 俺よりでかいはずの身体。ぎゅうと俺に縋る身体。 『………ぉれ…、も、どないしたらええか、わからへんねん………。』 『……何がや?』 『…キングが死んでも、変わらへんねん。今までと同じで…仕事ぎょーさん来よるねん…。』 『…キング?』 『俺一人でどないしたらええん…? キングおらんのに、どうしたらええん…?』 『………キミ…。』 しゃくり上げて泣く彼の言葉の意味は、その時はまだわからなかった。 ただ、キミの心を捕らえたまま逝った、会った事もない『キング』という男の存在に、嫉妬していた。 悔しくて悔しくて。 でもそれ以上に、キミの事を支えてやりたくて。 気付けば、涙に濡れたキミの唇を奪っていた。 『…代わりでもええ。 それでお前の支えになれるなら、代わりでもええ。 俺が側におる。 お前の傍に、ずっとおる。』 『………ヒナ…』 『…辛いのも、全部忘れさせたる。』 言って、随分と使い込んだ古いソファーの上に、もつれるように倒れ込む。 涙に濡れたキミの瞳が俺を見上げる。 抵抗はなく、ぽっかりと空いた心の隙間を埋めたくて、人肌を求める彼を初めて抱いた夜。 ただ、空白を埋めるために。 ただ、求めるがままに。 弱った心に付け込んだと思われたって構わない。 それで彼が満たされるのなら。 『……キング……ッ…』 日が落ちた暗い事務所。 都会の明かりが差し込んで、二人を照らす。 はらはらと、涙を零す彼は。俺の名前は紡がない。 空しくなんかない。 それでもいいと、選んだのは『俺』だから――――。
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