HELDENTUM

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――この世界は九つの国で出来ていた。 【ユグドラシル】 個々の国はそれぞれに特徴を持ち、貿易は盛んに行われていた。 人間の他にも魔族や妖精など、この世界には様々な種族が居たのだ。 中でも最北の大地に住まう魔族は、この世界でも異質な存在であった。 それでも人間と魔族は上手くやっていたつもりだったのだ。 しかしある時から力の均衡は打ち砕かれることになる。 それは魔族の侵略と、それを束ねる魔王の出現によって人間たちの権力を剥奪したのが始まりだ。 魔王が世界を統治するようになってこの世界は変わった。 それが今からちょうど百年前。 僕ら子供たちが最初に授業で習うところの「ジャナンドレアの戦い」である。 魔国だけで飽き足らなかった魔王は、世界を統治下においた。 当時、高度な魔法は魔族にしか使えず、人間たちは僅かな魔法と、それに代わる武器を手に戦った。 しかし、それで勝てるわけなどなかったのだ。 相手は魔術を使い、恐ろしい獣達を配下に置いていたのだ。 結局魔族に屈した我々人間は、それから八十年間魔王のもと、独裁世界の中で迫害されていた。 そこに我らが英雄である伝説の勇者たちが現れるのである。 四人の剣士と一人の魔女。今では世界の誰もが知っている誇り高きヒーローなのだ。 彼らは二年かけてようやく魔王を倒し、魔国を滅ぼしたのだ。 それが今から約十八年前。 人間の統治国家が戻った瞬間である。 と、言っても僕はその時の様子を知らない。 まだ生まれる前だったからだ。 僕は平和な世界しか知らない。 そして歴史上、最も勇敢な英雄、世界最強の剣士も知らない。 知っているのは、からかいにやってくる変なオヤジだけだ。 「クリフ。おい、クリフ!」 「……む……」 「おいってばっ、おーい」 「むー……」 昼間、僕は歴史の教科書を開いてひとり唸っていた。 すぐ側から聞こえる声にも気付かず、考え込む。 視線の先には勇敢な剣士、アントン・ドヴォルザーク様。 剣を振り上げ魔王に立ち向かう絵は、ページいっぱいに載せられていた。 振り上げたエクスカリバー、魔王が持つのはレーヴァテイン、そばで大きな翼を羽ばたかせるのはヴィゾフニル。 王立美術館に飾られている名画である。 「それ、結構カッコイイだろ?」 「……うーむ」 「わざわざ国で一番の画家を呼びつけたんだ。あの野郎、自分のアトリエから出ねぇって聞かなくてな。描かせるのに苦労したぜ。まったく」
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