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「うーむ、――って、え?……あっ…!」
そこでようやく意識は本から抜け出た。
横を見れば本の中の人物がそこにいる。
いや、僅かに語弊があった。
本より少し老けた男の姿があったのだ。
「あ、アントン様!」
「よぅ。ずいぶん俺様の絵に夢中だったみたいだが、惚れ直していたのか」
「なっ」
(そんなわけないでしょうが!)
とは、さすがに言えるわけない。
相手はこの世界の英雄であり、最も権力を持っている王様なのだ。
「また、来たんですか」
彼の身なりを見て呆れてため息を吐いた。
王様のくせに衣服は僕ら農民と変わらないのだ。
肩から掛けた聖剣がやけに大きくて不恰好に見える。
「自分の故郷に帰省して何が悪い」
「貴方は帰省し過ぎなんです」
周囲を見回す限りお付きの兵士は居ない。
いつものように無断で城を抜け出してやって来たのだ。
彼は月に一度やってくる。
酷い時は週に一度だ。
このようにいっけん王とは見えない恰好で故郷の村へと帰ってくる。
「王様ともあろうお方がひとりで危ないですよ。第一に世界を統治しているんですよね?こんな村に来る暇ないんじゃないですか?」
とっくに呆れを通り越して何も感じなくなった。
その代わり、昔のように崇めるようなこともしなくなった。
むしろ、この人が本当にあの伝説の勇者なのか疑問に思ってしまうほどだ。
「なーに。王様つってもお飾りみたいなもんよ。政(まつりごと)は全部他の仲間に任せているし」
「はぁ」
アントン様の国は世界で一番大きな大陸にある。
だから必然的にこの世界を束ねる王ということになる。
他の勇者も魔王を倒した後に様々な地位に就いて世界を支えている。
「たまたま俺がリーダーだっただけで、本当は政治とかって向かねぇんだよ」
「でもフィリップ様たちが可哀想です」
アントン様は勇者のリーダーだった。
だから魔王を倒した後も民衆からの支持によって国王となったのだ。
それから今まで大きな諍いもなく平和な世界が守られている。
「ふん。俺様の勝手だ」
「はぁ、まったく」
王様本人は常にこんな感じだから緊張感の欠片もなく接してしまうのだ。
無礼だと分かっていてため息を吐く。
「それより、クリフ。ちょいと付き合えや」
「えっ、僕まだ勉強が」
「いいから。王様命令は絶対なんだよ」
「むぅ。そういうのアリですか!」
「アリアリ。大有りってなもんよ」
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