HELDENTUM

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アントン様は強引に僕の腕を引っ張ると歩き始めた。 ムスッとしたままズルズル引き攣られる。 「分かりましたから手を離して下さい!」 どうせ強引に連れて行かれるのなら、せめて自由に歩いた方がましだ。 僕は母屋から出たところで腕を振り払う。 「よーし。仕方がないな」 「何が仕方がないんですか!もう」 体が離れてやっと自由になった。 僕は恨めしげに見つめる。 だがアントン様は気にせず笑っているだけだった。 「…っ…」 僕は彼の笑顔があまり好きじゃなかった。 青空に映えるような笑みなのに体のどこかが痛くなる。 五感を越えた何かが内臓を引っ張るように摘むのだ。 その感覚に唇を噛み締め黙り込んでしまう。 「さぁ、行くぞー!」 「あ……」 「夕飯に遅れる前には帰ってこなきゃな」 だがアントン様はその様子に対して何も聞いて来なかった。 あからさまに嫌な顔をする僕に「どうして?」など問うことさえない。 「やっぱ故郷はいいなぁ」 僕は先を歩く彼を黙って見つめていた。 小さな島ゆえにどこからでも水平線が拝める。 周囲は田畑と森に囲まれた何もない村だ。 学校と教会と僅かな出店がある程度である。 レンガ造りの家は遥か昔からの名残で古臭かった。 小さな島ということもあり、他の国より文化が遅れているのかもしれない。 天高く照らすお日様の光で彼の後姿が逆光になっていた。 年季のはいったブーツは皮がボロボロで歩くたびに金具の音が聞こえる。 後ろから見ても頼もしくて大きかった。 肉体的な大きさプラスその存在を覆っているような威圧感が見えたのだ。 もう若くはないとはいえ伝説の勇者。 その威圧感に無言で押し潰されそうになる。 「クリフ、何してんだ」 「あっ」 「置いてくぞー」 「わわっ、待ってください!」 いつまでも立ち止まったままの僕に手招きをした。 大きな体を震わせてガハハと笑う。 慌てて駆け寄った。 自分の世界に入っていたことが恥ずかしくて口をへの字に曲げる。 アントン様はしげしげとそれを見つめて、もう一度だけ笑った。 *** それから暫く歩いて村の外れにある墓地まで行った。 うっそうと生い茂った木々に隠すようにある。 いくつも並んだお墓は村唯一の墓地であった。 サクサクサク……。 アントン様は墓地の入り口で一礼すると構わず奥まで歩いていった。 僕はその後を着いて行くと、ひとつの墓前で立ち止まった。 「ここは変わらんな」
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