HELDENTUM

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「悪いが今日も泊まらせてくれ」 「そりゃあもちろんですよ!」 「……はぁ」 意気揚々と返事をする母親の影で、僕はため息を吐いた。 こんな小さな村に宿などない。 だから決まってアントン様はウチに泊まった。 昔はアントン様が来るたびに大騒ぎしていた村だが、今ではさほど騒ぎにはならない。 村に来すぎだからだろう。 むしろ最近じゃ馴染みすぎて気付かれないことさえあるという。 そんな王様聞いたことがない。 「すまんな」 (うそつけ!) 申し訳なさそうにする彼に口を尖らせた。 それに気付いた母さんは僕の頭をゴンっと叩く。 「痛っ…たぁ…!」 「いえいえ。こちらこそ満足にお構いも出来ませんで…」 「母さん!」 「ほらっ。アンタは部屋を片付けて来なさい!」 「…ったく」 結局こうなるのだ。 叩かれた頭を擦りながら自分の部屋に向う。 「さ、さ、アントン様は先にお風呂でもいかがですか?」 「おお、そうか。ありがとう」 「いーえ。狭い家ですがどうぞお上がり下さい」 後ろから聞こえてくるやり取りに、苛立ちながら息荒げに部屋に入った。 母さんは調子いいというか外ヅラが良くて困ったものだ。 別にあれだけ泊まりに来てるんだから少しぐらい汚くったっていいじゃん、と頬を膨らませる。 ただでさえ先程の情事で体力を使ったというのに、掃除までやらなければならないなんて。 甘く痺れる腰を擦りながら部屋を片付ける。 床に錯乱した本を拾っては本棚に返す。 たったそれだけの行為がこんなにも腰に響いた。 「ふんだ。もう絶対にやらないんだからな」 独り言を呟きながら手を進める。 情事の後、いつも決心するのにいざ抱かれる時になると拒めなくなるから困ったものだ。 自分自身の気持ちは分かっている。 だが僕らが結ばれる可能性なんてゼロに等しいのだ。 だから結局こんな風に変な関係を続けている。 アントン様なら皆喜んで体を差し出すだろうに。 何せ世界の王であり英雄なのだ。 外見だって若いし体も鍛えられている。 わざわざ小さな農村の子供なんか抱かなくても、周りには美しい女性がたくさんいるだろう。 垢抜けた街の娘、気品たっぷりな貴族の娘、艶やかな熟女。 それこそ選び放題だというのにワケがわからなかった。 心中が理解できず、苛立ちだけが募る。 「……にいちゃ……」 「ん?」 すると後ろに影が出来ていた。 「サム?」 振り返れば弟のサムが手に葉を持って立っていた。
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