魔王と勇者と小さな姫君

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  魔王と勇者と小さな姫君 今日も魔王はひとり、自室で文をしたためる。 鼻歌交じりでずいぶん暢気だ。 それをドアの隙間から三人の臣下が呆れた顔で見ている。 「また書いていますよ」 「ずいぶんマメなことだ。さすが陛下」 「他人事みたいに言うなよ。お前らはいいよな。扱き使われるのはいつも俺なんだ」 自慢の黒い羽をバタつかせる。魔王の用事は大体、悪魔のアクセルの仕事だった。 こめかみから突き出た角がしょんぼりしている。 「あっ書き終わった。アクセルの出番だよ」 「へーへー」 手紙を書き終えた魔王はキョロキョロと辺りを見回した。 それを合図に三人の臣下が部屋に入ってくる。 「おお。ちょうど良かった。アクセル、また文を頼みたい」 「畏まりました」 魔王は上機嫌だった。 彼は黒い封筒を渡すと微笑みかける。 受け取ったアクセルはさっさと執務室の窓から飛び去った。 最近は面倒臭くて、城の入り口まで降りない。 他の二人はそれに対して文句を言ったが、魔王は許可した。 それほど頻繁に使用人扱いを受けていたのである。 「陛下。文もよろしいですが、そろそろ仕事に戻っていただかないと」 「うむ」 これを機に吸血鬼のヴァジルールは書類を置いた。 怠け癖のついた魔王のせいで溜まっている仕事だ。 ヴァジルールはこの城で最年長の家臣である。 彼は何百年と生きる吸血一族の長で魔王よりずっと長生きだった。 必然的に歴代魔王の教育係を受け持っている。 「しかしなぁ。こう、のどかだとやる気が……」 「のどかなのはいつものことでしょう。ビビ、陛下に眠気覚ましのハーブティーを」 「はい!」 すると入り口に立っていた狼男のビビが慌てて出て行った。 彼はこの中で一番新入りである。それゆえ、立場としては最も弱かった。 魔王は欠伸をしながら書類に目を通す。 窓の外には広大な森が広がっていた。 ――ここは世界の片隅、最北端に位置する新魔国である。 なぜ「新」がつくのか。 それは遙か昔、魔王の遠い先祖の時代、大きな戦いがあって国自体滅んだからだ。 「ジャナンドレアの戦い」で魔王や魔族が世界の主導権を握ったが、その後、人間に倒されることになる。 英雄アントン・ドヴォルザーク率いる四人の剣士と一人の魔女。 彼らによって倒された魔族は、見る見るうちに勢力を失い、この星から姿を消した。 多くの者が北端にある洞窟――グニパヘリルから死者の国へ還ったのである。
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