吾が輩は、困っておる

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泥棒猫と言ってもこれまたただの泥棒猫ではない。「その様、風の如し」。俺様の真っ白な体が疾風の如く駆け抜ける様を見て、他の猫どもがそう噂するようになった。そしていつしか俺はこう呼ばれるようになったのだ。「風太郎」と。 人間どもの施しは受けない。まして奴等の食べ残しなんて口にしようとも思わない。俺が狙うのはあくまで人間が自分で食べようと思っている食物だ。好物はカツオのたたきとよく冷えたイワシのつみれ。鍋にぶち込む前のをペロリと食っちまうのがいい。そいつの後に飲む雨水は最高である。しかし最近はうまい雨水を飲めるところも少なくなり、寂しいかぎりだ。 さて、そろそろ俺は仕事に出かけるとしよう。 泥棒猫であるのと同時に旅猫でもある俺様がこの土地に流れてきてから五日になる。しかし仕事をするのは昨日を含めて実はまだ二日目だ。流れてきた初日に根城を巡って地元の猫グループと大喧嘩をやらかし、多勢に無勢で大怪我をおった俺は、三日ほど寝込む羽目になった。もちろんただ怪我をしただけではない。甲斐あって最近では珍しく理想的な根城を手にすることができた。住宅街にポツンとある民家の空き地で、程よく散りばめられた雑草と雨風を凌げる三本の積み上げられた土管。そうだ。この空き地に子供が集まる漫画を描いたら面白いんじゃないか。猫のロボットが出てきたり、音痴のガキ大将が大声で歌ったりするのだ。きっと大ヒットすると思うが。まぁ人間の俗世界なんて俺は興味ないが。 昨日は久々の仕事でいとも簡単にマグロの刺身をゲットし、たらふく頂いた。だからといって調子に乗ったりはしない。プロの泥棒猫にとって一番大事な仕事は下見なのである。主婦が買い物に行く時間を把握し、買い物袋の匂いなどでターゲットを絞り尾行する。家が分かれば簡単な間取りと食材の収納場所、番犬の有無や夕食の献立などを予想し時が至れば再び現れ獲物を手に入れる。中でも一番大事なのは、主婦の尾行だ。最近じゃ野良猫はお魚をくわえた泥棒、というイメージがすっかり定着しているので気付かれないよう尾行するのも一苦労だ。当然のことだが目立ってはいけない。鳴いたり喚いたりはもちろん、姿形も目立たさぬよう体をできるだけ縮めてやや前傾姿勢。尾行体勢は完璧に整っているのだが、問題は何故か俺の隣にとても目立つ奴がついてきていることだ。
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