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「コング!どうしたの?静かになさい!」
二階から人間の声が聞こえたので、俺は急いで逃げる体勢を整え息を潜めたが、こちらにくる様子は無かった。
「おい、番犬」
俺はブル公に声をかけた。こういう、人間に飼い慣らされ動物としてのプライドまで失っている犬や猫を見ると、無条件に意地悪したくなるのが俺の性なのだ。
「俺は今からお前のご主人様から食い物を盗む。止めなくていいのか?」
ブル公は何も答えずテーブルの下でぶるぶる小刻みに震えてやがる。まったく駄洒落にもなりゃしねえ。番犬ですらないただのペットかよ。
俺はキッチンのテーブルに飛び乗り、料理全体にふんわりと掛けてあったラップを剥ぎ取って刺身をパックごとくわえた。冷蔵庫から出したばかりらしく、まだキンキンに冷えていてうまそうだ。
さて根城に帰ってゆっくり頂こうと再びリビングを通ると、ブル公はまだテーブルの下で汚い尻をこちらに向けて震えている。こりゃもう一言二言何か言ってやらなければ気が済まぬ。
「おい」
一声掛けただけで尻尾がビクッと動いた。
「お前はそれでも本当に犬か?なるほど、ここにいりゃ確かに外敵から襲われる心配もないしメシも食わせてもらえる。その代償にどうだ。動物としてのプライドを無くして猫相手に怯えるしまつ。それでも胸張って自分は犬だって言えんのか?」
これが失敗だった。おそらく三日振りの仕事で気分が高揚していたのだろう。普段ならあんな弱虫、相手にもしやしないのに。俺はそれで胸がスッとして侵入してきたガラス戸から出て行ったわけだが、そういえば去り際、どうも背中に熱い視線を感じると思った。結果これだ。
「コングといいます。アニキ、これからは何でもオレに申しつけて下さい」
「じゃあ頼むから俺の前から消えてくれよ。お前に引っ付かれてちゃあ仕事になりゃしねえ」
人間の子供が指をさして笑っている。こんなところを顔見知りの猫に見られでもしたら生きていけない。まったく恥ずかしい。穴があったら入りたい。穴はないか。と穴を探していると、そんな異様な俺たちの前に、わざわざ立ちふさがる連中がいた。俺が根城を賭け死闘を繰り広げた地元の猫どもだ。しまった、もう駄目だ。一番見られたくない連中に見られてしまった。
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