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冷たくも暖かくもない風が、青年の目の前の名もない草を揺らした。
気がつけば、ずいぶんと時間が経ったらしい。
日の出を見た空には、多くの星が我先に輝いて、美しさを主張している。
「…………」
青年はどの星を見るわけでもなく、ただただボンヤリと空を眺めた。
何もせず、何も考えず、何も感じず。
ただボンヤリとして、一日が終わった。
それは、自分にとって心を落ち着かせるのにちょうど良い長さだったようだ。
青年は驚くほど穏やかな気持ちだった。
「……ははっ」
口元に自然と微笑みが浮かぶ。
その瞬間、どこからともなく半透明の桃色の空気が現れ、青年の身体を包む込んでいった。
青年の短い黒髪と、シワのついたカッターシャツがフワリと舞い上がる。
「えっ、なっ!……花の香り?」
青年は突然のことに目を見開き、キョロキョロと周りを見回すが、薄桃色の空気から甘い花の香りを感じ、動きを止める。
それと同時に、頭の隅から何かがスルッと自然に抜け落ちた。
「……あれ?」
急に、自分が今ままで何をしていたのか、どこにいたのか、わからなくなる。
空に輝いていた星は、役目は終えたと言わんばかりに先程までの美しさを隠していた。
視界には薄桃色のもやが掛かっていて、何も捉えることができない。
何だ、これ。
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