1ずれ

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顔を洗って台所に行くと 母が朝食の準備を終えようとしていた。 いつもと同じように。 一つだけ違う点は 食卓に父がいることだった。 「おはよう」 新聞を読んでいた目を上げて 父が僕を見た。 「おはようございます」 僕は言った。 父は毎朝七時過ぎに起きているから 僕らと顔を合わせることは殆どない。 夜は夜で 口を開けば 『勉強しているか』 とか 『この頃成績はどうだ』 くらいの台詞しか出てこない人間だ。 「今日は珍しく 早く目が覚めたからな」 僕の考えを見透かしたように父が言った。 相変わらず冷たい無表情だった。 やがて姉の貴子が起き出してきた。 目が真っ赤で とても眠そうに見える。 姉は女子高の三年で 一番苦しい時期だ。 昨夜僕が寝ることにしてトイレに行った時も 姉の部屋からは灯かりが洩れていた。 母が料理をテーブルに並べた。 久し振りに 家族四人が揃った朝食だった。 母はまだ僕らの分の弁当を作っているが。 僕はせっかくだから昨夜見た奇妙な光景を話してみようと思った。
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