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「あのさ、開かずの間のことだけどさ」
母は黙って弁当を詰めていた。
父の肩がピクリと動いた。
姉が何を言い出すのかとどんよりした目を向けた。
僕は続けた。
「昨日さ寝る前に
間違えてそっちの部屋に入りかけたんだよ。
そしたら部屋が砂漠になってた」
母がちょっとびっくりしたような顔で振り向いた。
父は無言だった。
姉が今の話で眠気が取れたのか
ハハッと笑って言った。
「馬鹿ねー浩志
寝惚けてたんでしょ」
「でも凄かったんだよ。
地平線が見えたし
ちゃんと空もあったんだ。
月が二つ出てて・・・」
その時父が僕を睨んだ。
「無駄口は止めて早く食べろ。
遅刻してしまうぞ」
僕と姉はびっくりして黙り込んだ。
父は無口な堅物で
必ずしも楽しい人間ではなかったが
それでもちょっとした
食事時の会話に荒い口調で
水を差すようなことはしなかった。
だが今の父の目付きには
殺意さえも含まれているように感じられた。
重苦しい沈黙の中で
朝食は進められた。
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