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――旋律が空に踊る。
その声は細く儚く、どこか悲しげでまるでガラス細工のような響きを持っていた。
ただ聴く者の心を安らぎに導く優しさも感じることが出来る。
少女はただ歌っていた。
誰にも届かない歌を。届ける誰かはいると感じながら。
「――ミドリ。今日も歌っているのかい?」
この男ではない。
この歌を届ける誰かは他にいる。
そう感じながらミドリと呼ばれた少女は男を見上げる。
「パパ」
少女の頭上高くで病的な笑みが浮かんだ。
「ここはいい街だね。ただ、少し汚い」
眼下には猥雑な光が闇夜に色彩を咲かせている。深夜だというのに派手な音楽が夜を突き上げ、道路には違法駐車の列。足元のおぼつかない往来が生ける屍のように揺れている。
「まぁ、僕にはお似合いかもだけど」
男は踵を返しつつ、赤黒い錠剤のようなものを噛み砕く。
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