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移ろう僕ら
*
――ザアアアア、と。木々の揺れる音が、最初に知覚した五感だった。次いで、後頭部に感じる柔らかさで寝る直前の会話を思い出し、それからようやく、意識をして目を開けた。
「おはよう、るーくん」
本気で僕の寝顔を観察していたのだろう。わりかし近い距離で、由奈がそう言った。
「おはよう……ごめん、結構寝てたみたいだね」
青かった空が、夕焼けに燃えている。春の広々と澄み渡る空が橙に滲む景色は、それだけで美しいと思わせる。
「うぅん。るーくん見てたから、退屈はしてないよ?」
ニコニコと、由奈が微笑む。そのあどけなさに鼓動が少し跳ねて、けれど、それによって覚醒しきった意識が違和感を訴える。
「ん……?ねぇ由奈」
「どしたの、るーくん?」
会話の内容は覚えている。僕らの関係は変えるものでなく、お互いに望む関係へと変わっていくものだと、そう話した。それは分かる。けど。
「僕が寝る直前……なにか言わなかった?」
「え?あ、え、えと……」
由奈の顔が、羞恥に染まる。その様子を下から見上げると、視線に耐えきれなくなったように由奈が言う。
「お、覚えてない……?」
「うん……」
薄ぼんやりと、由奈の恥ずかしげな声が鼓膜に残っている。けど、その内容はさっぱりだった。
「え、と……あ、あー、あー、」
なにか言おうと意味のない音をひとしきり放ち、けれど諦めたようにうつむいて、それからなにかを振り切るように僕を見て、言った。
「じゃあ、えと……内緒」
「…………」
そりゃないだろ。そう思った。けど、それを口に出すことが叶わない。
橙の空。夕日で赤さを増し、満開に咲き誇る桜の木々。それらを背景に、由奈が恥じらう。
優しい風に髪を手で押さえて。行き場のない視線をさ迷わせては、ただ吐息を震わせている。
そんな由奈の様子が――今までに見たどんな由奈より、『女の子』で。
「由奈」
呼び掛ける。手招きを付けると、「な、なにかな?」と少し躊躇いながらも顔を寄せてきたので、
「ん――っ」
「――――っ!?」
こちらは躊躇うことなく想いのままに、由奈に口付けた。
「ん、んー!?」
動けず、されるがままになっている由奈。それをいいことに数秒唇を重ねて、離した。
「っ、る、るーくん、今、今の……っ?」
「嫌だった?」
尋ねる。返ってきたのは、まず首を左右に振る動き。それから、「嫌じゃ、ないけど……」という呟き。
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