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「けど?」
問いを重ねると、由奈は少し迷いながらも言葉を作る。
「ほ、ほんとに……私がさっき言ったこと覚えてないの?」
「え?うん」
なにかを言われた記憶はあるけど、内容はさっぱりだった。まあもしかしたら、脳の片隅が覚えていて、それが今の行動を起こす要因になっているのかもしれない。
けれど、
「じゃあ、なんで急に……うぅ、確かに楽しみにしてるとは言ったけど、だけど、こんな急に、しかも無自覚に……」
ぶつぶつ言っている由奈が面白いので、それは黙っておくことにした。
――それにしても。
「由奈、顔真っ赤」
からかいを込めて指摘する。と、由奈は僕から視線を逸らしながらも反論してくる。
「こ、これは、夕日のせいだよっ。それに、それを言うならるーくんだって真っ赤だし!」
「……じゃあ、僕も夕日のせいってことで」
笑ってしまう。慣れない行為に真っ赤になるのがお互い様なら、言い訳までお互い様だ。
「もう、なにそれーっ」
声を荒立てる由奈だけど、その表情は笑み。
夕日に映える桜色を背景に、愛しい笑顔が輝いている。
これで、明確になにかが変わるわけじゃない。僕らはこれからも幼なじみの関係だ。
けれど、それでも。お互い様な僕らは、こうして少しずつ望む関係へと踏み出していく。
何が変わったわけでもなく。
けれど、なにかが少しだけ動き出した予感のする。
そんな、春のある日の出来事だった――
【終わり】
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