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 八月末。終わりかけの夏の昼下がりのこと。僕はベットに寝転んでいた。ミンミン蝉が遠くで鳴いている。悔しいほど青い空を、僕は窓枠から覗きこむ。  なんとなく、寂しい。  空は青いのに、雲は白いのに、蝉はうるさいのに、自分だけはベットに転がる。夏に取り残された感じがした。夏に乗り切れないまま、夏が終わっていく。  寂しい。でも、だからといって何もしないのだ。  思えば、夏以外の季節が終わってもここまで寂しいとは感じることはない。  それはきっと、夏に期待していたんだろう。恋とか、冒険とか。何か新しいことが、非日常が始まるのではないかと僕は期待していたのだ。結局なにも始まらない。僕はベットで「寂しい」とつぶやく。  実際は、暑いだけの2、3ヶ月だ。それにここまでの期待を抱くのは何故だろう。ちょっと考えただけでは分からなかった。  ふと、違和感を感じた。気がつけば、日の光はオレンジ色に、蝉は日暮に変わっていた。あと一時間もすれば、日は沈むだろう。  そうして、僕の夏は過ぎ去って行くのだ。  父に自転車を貰ったのはそんな時だった。ただの自転車じゃない。ロードバイクというものだ。  流線型のメットをつけて、サングラスをかけた、厳つい人が河原で乗っているのを見かける。同じ自転車のくせに、ママチャリには出せないスピードを出せるのだ。友人が新しいものを買い、要らなくなったものを譲ってもらったらしい。よく見れば使った跡がある。それでも、大事に扱われたのか、新品にはない風格があった。  父は言った。 「これをお前にやる」  僕は素直に礼を言い、自転車を受け取った。いつも通りを装ってはいたが、内心では、わくわくしていた。
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