傘が連れてきた恋

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遡ること、昨日の放課後。 その日午後から降り出した雨は、1時間だけ降るという天気予報を外れて下校時間まで降り続き、あの傘を使うことになった。 新しい傘をさして気分が上がっていた私は、本当なら通らないはずの道を歩いて、いつもの大通りより一本外れた細い路地の道を歩いて駅に向かうことにしたのだ。 子どもじみているとは思うが、少しでも長く雨の日を楽しもうと思って。 コツコツとローファーが濡れたコンクリートの道を叩く音が静かな路地に響く。 大通りを走る車の音が、雨音の中で遠く聞こえる。 不意に顔を上げると、傘を忘れてしまったのか、所在なさげにフードを被った男性が一人、シャッターの降りた薬局の軒下で雨宿りをしているのが目に入った。 雨が降り始めたのは、下校時刻の20分ほど前。 大通りとは打って変わって人通りの少ないこの路地では、他に誰かが通ることもあまりないのだろう。 軒下からはみ出した彼の肩は、じっとり濡れて色濃くなっている。 雨宿りを始めてから時間が経っていることが分かった。 俯きがちな彼の顔はフードに隠れてよく見えなかったが、年頃は椎果よりも少し年上だろうか。 可哀想だなと思いながらも、知らない人に声を掛けるのは少しだけ怖い。 はじめは知らないふりをしようとした椎果だったが、つい彼の姿を見すぎてしまったのだろう。 「あ」 つい、目が合ってしまった。しかも間抜けな声付きで。 目の前に明らかに困っている人がいるのに、しかも目が合ったのに助けないのはどうにもばつが悪い。 「えーと……良かったら、駅まで入っていきませんか?」 見知らぬ人、しかも年上の男性にこんな風に声を掛けるのは初めてだったから、思わず声が震えた。 どんな人かも分からないのに、でも無視するのは嫌だし、なんて頭の中でぐるぐると後になってから色々なことが過ぎる。 変質者だったらどうしようとか、本当は全部勘違いで、誰かを待っていたらどうしようとか。 考えるより先に動く自分の性格が少し恨めしく思った。
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