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「じゃあ、声掛けて正解でしたね。寄るところって急ぎですか?」
「いや、バイトじゃないし時間も余裕あるから大丈夫」
急ぎ足で歩こうとして、彼に制される。
ふと顔を上げて彼の方を向くと、お気に入りの可愛い花柄の傘に不釣り合いな彼の姿が目に映った。
そういえば、こんな風に男の人と同じ傘に入るのは初めてだ。
そう思ったら自分から傘に入ってなんて提案したくせに、なんてことを言ってしまったのだと改めて自分の発言が恥ずかしくなってしまった。
「それならよかったです」
平静を装うけれど、徐々に速度を上げていく心臓と、比例するように熱くなる体温。
ていうか、これって相合傘に入るのかな。
私、彼氏いたことないし、分かんないんだけど。
初対面の相手なのに勝手に意識してドキマギしてしまっている自分の恋愛経験の浅さが恨めしい。
きっと大学生は大人だから、こういうのだって慣れてるんだろうな、なんて思いながら私は一生懸命なんでもないふりをした。
気持ちを落ち着けたくて、傘を持ち直す。
いつもより少し高い位置でさす傘は少し違和感があって、なんとなく変な感じだ。
「……そうだ」
そんなことを思い始めた頃、不意に彼が呟いた。
なんですか、と聞くよりも先にするりと私の手から傘が離れる。
「入れてもらうんだから、俺が持つべきだったよね。気づかなくてごめん」
「そんなこと、全然気にしなくていいのに」
当たり前みたいに私の方に僅かに傾けられた傘と小さな気遣いは、少しこなれて見えた。
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