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彼もそうだったならいいのに。
雨はまだ、止む気配がない。
「そういえば、聞いてなかったね」
ぽつりと彼が呟いた。
車側の信号機が、青から黄色に移り変わる。
数秒チカチカと点滅して、ぱっと赤に切り替わった。
「さっきからずっと気になってた。
君、なんて名前なの?」
「……椎果。花笠椎果」
ニッと笑って彼が歩き出す。
歩行者用の信号機は「進め」の青だ。
「椎果ね、ありがとう!」
ポンっと軽く1度だけ、彼の手が私の頭を撫でる。
もうだめだ。
今日だけしか会えないかもしれないのに。
私はもう次が欲しいと思ってしまっている。
あたたかくて大きな手のひらの感触が、まだ残っている。
「待ってください」
改札に向かう直前で。
じゃあねと笑う彼に、私は思わず声を掛けた。
「私も、ずっと気になってました。
あなたの名前はなんですか?」
呼び止めるように聞いたから、彼は少しだけ目を丸くして、それから私の方に向き直った。
「俺?俺は雨宮。
下の名前は……内緒にしとくね」
きゅん、と胸の奥が甘く酸っぱく締め付けられる。
イタズラっぽく笑って手を振る雨宮さんに、私は恋をした。
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