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「…それでお互いホームで別れて、電車に乗った時に気づいたの」
「肝心の傘を返してもらい忘れたと」
恥ずかしいから、一目惚れしたことは内緒にして話した。
「そう」
もう会えないかもしれない人に一目惚れなんて不毛すぎて、誰かに相談出来そうもない。
もう少しだけ話したかったし、連絡先くらい交換してしまいたかった。
もっとも、名前を聞くだけでいっぱいいっぱいだった私に出来ようものかという話なのだけれど。
ため息をつきながら、もうあの傘も帰ってこないかも、とか思って二重でへこむ。
「もうー、そんなにへこまないでってば。
えー、もう、なんだろ。もうその美しい顔と相合傘できた料金と思っとこう?」
てんで見当違いのフォローだけど、明日香なりの優しさなんだろうと思ったら少し元気が出てきた。
「なにそのレンタル彼氏みたいな!嫌だよ!」
その元気に乗せて勢いよく軽口を叩けば、あははと明日香が声を出して笑った。
「その方が椎果らしいわ!」
「はーい、ホームルーム始めるぞー」
乾いた扉の音がガラガラと鳴って、担任の松山が教室に入ってくる。
「げっ、もう来た!」
「聞こえてるぞー宮坂」
名前を呼ばれた明日香がぺろりと舌を出してごめんなさーい、と軽く謝った。
蜘蛛の子を散らすように席に着く生徒たち。
いつも通りの毎日がまた繰り返されていく。
もう会えないかもしれない雨宮さんとあの傘を思い出しながら、また新しい傘でも買おうかな、なんてぼんやりと考えた。
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