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新月には星がよく見える。月があるとその光が星の光を薄れさせてしまう。だから、月が姿を消す新月の日は星空観察にもってこいなのだそうだ。新聞か本か忘れたが、何かに書いてあった。
子はとうに自立し、妻には数年前に先立たれた。老いぼれ一人にはこの家は少々広すぎる。訪ねてくるものといえば、新聞や郵便の配達員と動物たちくらいだ。
ここは山の上で不便なところだ。しかし私はここが好きだ。都会ではネオンの光に奪われてしまった星々が、ここではよく見える。何よりも、妻とともに歩んできた全てがここにあった。
私は分厚いコートを着込む。もう何日かすれば雪が降るだろう。積もってしまうと外へ出るのも億劫(おっくう)になる。マフラーと手袋を身につけて外へ出ると、冷たい空気が目に染みた。
暗い山道を歩く。慣れた道だ。迷う心配はなかった。多くの人はこの道とは別の道を車で行く。その方が速いし楽ではあるが、私はこちらの道のほうが好きだ。
少し行くと木立が途絶えた。視界いっぱいに星空が飛び込んでくる。
私はいつもの場所に座る。岩がちょうど腰掛けのようになっているのだ。お気に入りの席だった。
満天の星。遮るものは何もない。私の空。
今日は新月だ。星を見に来ておいてなんだが、月のない夜空はどこか寂しいと思った。
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