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辺りに人はいない。聞こえるのは自分自身が吐く息の音だけ。
どれほどの間そうしていただろう。夜空に見いる私の視界に白いものが映った。それは柔らかな光をまといつつ大きくなり、やがて人の形を成した。
神々しさを感じさせるその姿はあどけなさを残す少女だった。山を渡る風が少女の長い髪を揺らす。この寒さのなか、袖のない白いワンピースを着て平然とした顔でいる。人を越えたものだと直感した。
少女が手を差し出した。
「私を…迎えにきたのか」
まず頭に浮かんだのは、少女は私をあの世へ連れていこうとしているのだろうということ。妻を亡くした今、遠くないうちに自分も召されるのだろうと常日頃から思っていた。しかし予兆もないとは。
私の質問に対し少女はふるふると首を横に振った。そして優しく微笑むと再度手を差し出し、私にその手をとるよう促す。私は魅せられたように少女の手をとった。
足が地を離れる。
私と少女は空を飛んでいた。いや、浮いていた。ぐんぐんと地上が遠ざかる。視界のなかに私が生まれ育った山と町が収まった。
山にはぽつぽつと民家の灯りが見える。少し離れて、町の灯りが見えた。
吹き抜ける風は冷たかったが気にならなかった。満天の星に抱かれた幻想的な眺めに心を奪われていた。
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