遊泳空想

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あの日の空は、一番晴れ渡っていたと思う。 俺が高校生の頃。 楽しかった思い出が、色褪せることなく今の俺にある。 向日葵の鮮やかな黄色。 青葉が揺れ、太陽の光を受けて輝く。 原っぱの草は、座っている俺をくすぐるように動く。 痛いくらいの日光の下、爽やかな風の中で、高校生の俺はいつまでも笑っていた。 隣には、シミズがいた。 長い髪の毛を耳の後ろで、2つに結った女の子だ。 「大人になったらさ、どうする?」 「酒を飲む」 シミズは、よく未来のことを尋ねた。 そのたびに俺は適当なことを答える。 「違うよ、そういう意味じゃなくて」 シミズは、原っぱに寝転んで空を見る俺を覗き込んだ。 「じゃあ、どういう意味なの?」 シミズはゆっくりとはにかんだ。 可愛い顔をしたシミズは、そういう表情が似合っていた。 「わからないことがわかるようになって、嫌だったことが嫌じゃなくなること」 「はあ?」 「わたしね、考えたんだよ。20歳になることだけが、大人になるってわけじゃないんだ。 今、処理できないこともできるようになるのが大人になることだって」 高校生が考えるような内容じゃなかったし、俺には全く理解できなかった。 「そんなもんか?」 「そんなもん。だけど、大人になれば、忘れちゃうこともあるんだよ。 例えば、わたしたちが感じてる些細な恐怖や劣等感とか」 キョトンとする俺に、シミズは幼児に語りかけるように言った。 「友達がいなかったら、学校が嫌でしょ?みんな恋人がいるのに、自分だけいなかったら嫌でしょ? 理由もなく明日が怖くなるでしょ?イライラして仕方ないこともあるでしょ? なんていうのかな、思春期だから敏感になってて、普通だったらわからない感情もわかっちゃうって感じ? それが、大人になると、なくなるの。対処できちゃうの」 「だから?」 「だから、気づけないことも多くなるんだよ。でも、悪くない。そういうこと」 よくわからなかった。 シミズは満足したように、少し照れたように微笑んだ。 夏の風が吹いていた。
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