遊泳空想

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紅葉が綺麗な日だった。 地面に、ひらひらと色付いた葉が落ちていくのを、よく覚えている。 俺は、両親の反対を押し切って町を出ていこうとしていた。 多分、高校を卒業してからだったはずだ。 鞄を抱えて、駅に来ていた。 「しーん?」 俺の名前を聞き覚えのある声が呼んだ。 後ろを振り返ると、シミズがいた。 少し気まずさを感じ、視線を逸らした。 「行くの?」 シミズはたったそれだけ言った。 頷いた。 「鞄に何入ってるの?」 「……特に、何も」 突然話が変わることに首を傾げながら、シミズを見つめた。 シミズは微笑んでいた。 「お金、ちゃんと持ってかなきゃ。あっちは何でも高いらしいよ?」 「金は持ってるよ」 「じゃあ、傘とか」 「雨降ってきたら買う」 「どうすんの、1000円もしたら!」 わざとらしく声をあらげたシミズに、思わず笑ってしまう。 「ありえないだろ」 「そうだね。もし肯定されたらどうしようって思った」 シミズも笑った。 暫く、他愛もない会話をした。 いつもどおりの、シミズの難しくて不思議な話。 「見えないものを信じたり、大切にするって難しいよね。 見えるものだったらさ、自分の目で見て、信じてもいいんだってわかるし。 鍵のついた箱とかに入れておけるし。色々、大切にする方法があるよね」 「そうだな」 「例えば、恋人の好きって気持ちを信じようとしても、恋人が嘘つきだったら信じられないでしょ? 感動した気持ちを大切にしたくても、厳重に守る方法は思い付かないでしょ?」 「……うーん、だな」 「だからさ、見えないものを信じたり、大切にするのは大変ってこと」 シミズは話を締めくくると、落ちてきた紅葉を拾った。 鮮やかな黄色。 「はい、これあげる」 「今さっき拾った奴じゃん」 「新鮮なうちに」 俺はその紅葉を受け取った。 「なんでこれを?」 「だから言ったでしょ。見えないものを信じたり、大切にするのは難しいってさ」 満足そうにシミズは口元を緩めた。 「それは、私の気持ちとこの町の優しさを形にした紅葉。こうすれば大切にしやすいし、わかりやすいでしょ」 シミズは跳ねるように歩いて、立ち尽くす俺に背を向けた。 一度こっちを見て、小さく手を振ると遠くなっていった。 シミズの気持ちがどんなものか、わからないまま、俺は電車に乗って町を出た。
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