遊泳空想

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すると、平屋の大きな家がある。 確か、去年爺さん一人、住んでいたと思ったが……。 家は、窓が外れていて、中が丸見えだ。 畳が敷かれた居間だろう。 しかし、家具は一切ない。 もぬけの殼だ。 今年で80歳を過ぎる爺さん。 まさか、死んでしまったのだろうか。 特に親しかった訳でもないが、妙な寂しさが胸につっかえた。 「あら、真くんじゃないの。帰ってきたのねぇ」 後ろから声を掛けられて、俺はゆっくりと振り返った。 そこには目尻に皺を寄せて、ニコニコ笑うおばさんがいた。 「あ、どうも」 「もしかして、今年も?」 曖昧に笑うと、おばさんはどう解釈したのかわからないが、何度も頷いた。 「ほんとにあんたは良い子ねぇ。あらやだ、親でもないのにごめんなさいね。 でも、立派だと思うわぁ。こんな田舎に帰ってくるんだもの。 ウチのなんて出ていったきり、一度も帰ってこないのよぉ? ほんとに、参っちゃうわぁ……。親不孝よねぇ」 笑みを浮かべながらおばさんは一気に喋った。 相づちを打つことを許さないように。 おばさんは、シュンイチの母だ。 「……真くんも東京なのよねぇ?ウチの、知らない?どこで何してるか。 ……あ、ほら、叱ってやらないと。随分、親不孝な子だね!って……」 あははと笑うおばさんが少し、悲しい。 「すいません。俺、名古屋に今いるんで、わからないです」 「あ、あら……そうなの。そうね、そうよねぇ。 気にしないでねぇ?おばさん、ちょっと無理な質問したわねぇ。 もし東京にいたとしても、シュンイチを知ってるはずもないものねぇ」 おばさんはがっかりした表情を笑顔に変えて、更に早口になる。 「あらあら、すっかり引き留めちゃったわぁ。 ごめんねぇ。じゃあ、また今度ねぇ」 俺が頭を軽く下げると、おばさんは手を小さく振った。 サンダルを鳴らして帰る後ろ姿を見送る。
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