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女は俺を待っていたかのように、割と低めの塀に座っていた。
「さっきはごめんなさい。嫌なもの見せちゃって」
俺が首を横に振ると、女は苦笑した。
女の名前は、ヤナザワさんと言う。
二児の母で、ここから電車を乗り継いで2時間弱の所に住んでいるらしい。
85を越えた持病を持つ爺さんを、一人で生活させられないと思い、爺さんを引っ越しさせた。
しかし、爺さんはここに戻りたいと電車を乗り継ぎ、ここに帰ってくるのだという。
「戻ろうって言えば、大人しくついてきてたのに。どうしてなんでしょうね。今日は怒鳴られちゃいました」
わざと明るく笑うヤナザワさん。
「……少しでも、長生きしてほしくて、だから、一緒に住もうって。
なんで、死ぬ間際のことを考えてるんですかね?
もうこれ以上生きてることはできないって、最期が近いって、考えてるんでしょうか」
俺は黙っているしかない。
「どうして、そこまでここにいたいと思うんでしょうか。
確かに母は、ここじゃない、大学病院で息をひきとりました。
ここが大好きだったと思います。
でもだからって、父がここに縛られる必要はないじゃないですか。
母が亡くなる前に、『向日葵を見て死んでほしい』って言った訳じゃないのに」
ヤナザワさんは潤んだ目で俺を見た。
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