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「……正直、俺にもわかりません。でも」
ヤナザワさんは涙を堪えて、俺の言葉を待っている。
「お母さんのために、ここに残ってあげたいんじゃないですか?ただの自己満足かもしれません。
だけど、そうしてあげたいんじゃないですかね」
俺なりに答えを精一杯考えたつもりだ。
大切な人が大切にしたものは自分も大切にしたいと思う。俺は。
ヤナザワさんは俺の答えを聞いて、考え込んだ後、言った。
「母のためでもあるけど、違う“何か”も父の中にはあるってことなのかな」
爺さんのしわくちゃな顔を思い浮かべた。
いつだったか忘れたけど、婆さんと縁側に並んでいる情景。
「ここに残してあげることも優しさなんだと……俺は思います」
「ああ、そうかもしれない」
ヤナザワさんは晴れやかな表情を見せ、妙に納得した口ぶりになる。
夏は暑い。
老人の体には毒かもしれない。
でも、爺さんが満足なら、幸せなら、いいんじゃないか。
「あの、ありがとうございました」
ヤナザワさんは笑って頭を下げた。
「いや、あの、そんな」
思わず退いて、困惑する。
「あなたは、ここに住んでないんですよね」
頷いた。
ヤナザワさんは、やっぱり、そうですよね。スーツ姿ですし。と言った。
「……ここに来るってことは、ここは、あなたの誰か大事な人の大事なところだったってことなんでしょうか」
ヤナザワさんはそう呟くと、俺にまた頭を下げて歩いていった。
一度も振り返らずに。
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