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彼はこの街になにかを感じ取る。同じように幾度かその他の者に声を掛けるも結果は変わらない。いつの間にか日が沈み、そろそろ宿を探そうかと南部が思い至り出した時、再び鐘が鳴った。
低く、鈍く、六回。
街に足を踏み入れたときとは別種の嫌悪感を覚え身構えると、空に何者かのシルエットが浮かぶ。
闇に光る赤い眼と白い牙とも見える鋭利な二本の歯。
「さぁ、今日のディナーはどなたにしましょうか」
紳士的な言葉遣いは偽りの仮面、およそ紳士的とは言えないような暴力行為を南部は目の当たりにする。シルエットが荒れ果てた民家と重なり、中から女性のような影を引き摺り出していたのだ。
南部は固まる。それは、諦めのようなものさえ感じるほどの女性の無抵抗さによるものだろう。女性は自らの行く先を理解し、一切の抵抗を見せずにそのシルエットに捕まったのだ。
その二つのシルエットが南部の視界から消え去るまで、彼はそれを人さらいだと認識することが出来なかった。
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