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「みゆ!」
駅のざわめきを突き抜けて耳に届いたその声の先に――
見つけた。
走って傍に寄って来る人に、満面の笑みを浮かべる。
聞き慣れた、声で分かっていた。
ただ一人しか呼ばない、呼び名で分かっていた。
それでも、実際に会って確かめれることが、こんなにうれしいことだとは思わなかった。
「かなちゃんっ」
少し前に携帯画面で見た姿が、目の前にある。
色を抜いた、太陽の光を受けて金色に輝く短髪。
覗くピアス。
じゃらじゃらと鳴る腰のアクセサリー。
一見すると近寄りがたい印象を抱くが、浮かべる笑顔は人懐こく、4つのときと同じ可愛さ。
外見に似合わず、甘えん坊の弟、叶流だ。
「元気だった?
寂しくなかった?
ちゃんと眠れてる?」
尋ねたのは、叶流。
ちょっと、姉ちゃんの台詞取らないでよ。
寂しがるのも、眠れなくなりそうなのも、あんたのほうでしょう。
心の中ではそう突っ込むのにそれは声にならず、私は笑いを返した。
「もう、かなちゃんったら」
ふふ、と笑う私に優しい眼差しを送って、叶流は甘えるように私の髪に指を絡ませる。
「なんで浴衣じゃないの?
俺、駅に着いたら浴衣のみゆが迎えてくれるって楽しみにしてたのに」
口では不満を言いつつも、瞳は答えを分かってるように柔らかい。
子供っぽい言い分に、私は肩をすくませた。
「どれだけ浴衣でいさせる気?
行く前から汗だくになっちゃうよ」
こんなに暑いのに、なんてことを言うのだろうか。
「まだ、祭りに行くには早いでしょう?
これから着替えて出発したら、良い時間になるわ」
外だからと人目を気にして、叶流の腕を押して逃れようとすると、
その指は私のそれを絡め取った。
「じゃあ、みゆの部屋に行きたい」
無邪気に笑って先を急ごうとする叶流に、くすりと笑う。
「急がなくても大丈夫だから。
…ほら、かなちゃん。
こっち」
初めて来る土地で右も左も分からず、まるで反対方向に向かおうとする叶流の手を引いて、私は家の方に歩き出した。
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