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その日は、梅雨時だというのに雲一つない青空が広がっていた。
昨日までの雨が残していった水のしずくが、暖かな日の光を受け、きらきらと輝いている。
広い住宅街では何千・何万もの洗濯物が、風に揺れていた。
ひらひら、ひらひらと揺れる洗濯物も、人々の表情も久々の晴天のためか、楽しそうである。
そんな住宅街の中にある、一軒の家の扉が勢いよく開いた。
そして、中から一人の青年がでてきた。
歳は20代前半、大学生か社会人になって数年といったところだろう。
スーツ姿のその青年は道路の手前で立ち止まり、空を見上げた。そして、子どものような笑顔を浮かべると
「明日も晴れるといいなぁ……」
と呟いた。
そこに通りかかった婦人が、青年が何をみているのかと空を見上げる。
そして、軽く首を傾げ
「明日は何かありますか?
楽しそうですねぇ。
デートとかいうのにでも行くんですかねぇ」
と、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
青年はからかわれていることに気づかないのか、顏を赤らめて
「ち、違いますよ。
この時期に晴れた日が続くのをみてみたいと思っただけ……です
みたいと思うんですけどいつも晴れの日が続かなくて……って、
わっ、笑わないでください!」
慌てて言う青年をみて、婦人は声をたてないようにしながらクスクスと笑っていたのである。
けれど、その笑いは先程までのからかっているふうではなく、どこか温かいものが感じられる笑いだった。
昼になり、突然、住宅街から明かりが消えた。
いや、住宅街だけではない遠くのビルからも、丘の上の屋敷からも明かりが消えているのだ。
そして、明かりが消えてすぐに目の前が見えなくなるくらい濃い、ミルク色の霧がたちこめた。
それは、夜中、闇が辺りを完全に覆う頃まで辺りを隠していた。
けれど、次の日になると霧は消えていた。
そして、昨日よりもきれいな澄んだ青空が広がっていた。
広い住宅街では何千・何万もの洗濯物が、風に揺れている。
ゆらゆら、ゆらゆらと揺れ続けている。
素晴らしい景色だ。
けれど、青年や婦人がそれを見上げることはなかった。
彼らは二度と空を見上げなかった。
いや、見上げることが出来なかったのだろう。
人の気配がない住宅街。
それが、確かに昨日の続きだということをけしてとりこまれることのないわずかにミルクのような色に染まった洗濯物が語っていた。
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