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「どうだ?綺麗だろう。」男の言葉に少年は何度も頷いた。 「ここはな、辛い時があると来るんだ。今日もここに来ようとしておった。そ んな時に俺以上に湿気ったツラで泣いてる小僧が居たからな。この景色を見 せようと思って連れて来たのだ。」男の言葉に少年が「あ、あんちゃんも辛い事があ、あったの…?」と問う。「ああ、親父が死んだんだ。本当はな、思い 切り泣きたいんだが俺は家督を継いだ身だ。これからこの乱世に挑む事にな る。家臣たちに泣きっ面を見せる訳にもいかぬ。だから俺の一番好きなこの景 色を見て悲しさを吹き飛ばそうと思ってな…。」泣きたいのに泣けない、そん な不条理な思いが込められていた。 「泣きたい時は泣いた方がいいよ…?」少年が優しく呟く。 「小僧が……生意気な事を申すな。」それだけ返事すると三歩ほど進み少年に 背を向ける。 「ここに来るのも今日で最期だ。おい小僧。俺は必ずやこの乱世を終わらして 見せるぞ。男と男の誓いだ。」 少年は小さく「うん…じゃあ僕も元服したら、あんちゃんの家臣になってお手伝いする…
。」と囁くと小刻みに震え出した男の背中を見つめた。その背中は とても広く見えた。 空には紅みが射し日暮れを告げていた。
この男こそ後に戦国の覇王と呼ばれる織田信長の若かりし頃であった。
今頃、清洲の城で彼の帰りを今か今かと待っている紅の若者。彼もまた後に慶 次の叔父となり信長の重臣となる前田利家。
そしてこの少年こそが後の前田慶次郎利益その人であった。
第二話 日ノ本一のうつけ者 了
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