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「……あ、ごめん。」
敦志の唇には血が滲んでいて、思わず強く噛んだことを思い出し、すぐに謝った。
痛みからか驚きからか、私の手の拘束は外される。
「いや。いいよ。このくらい。奈々子、情熱的になったね?」
口元を指で拭いニヤリと笑うその顔に、どうしてここにいるのか、とか彩が敦志と違和感なく接していたこととか、そういった数えきれないくらいの疑問が、頭の隅っこに追いやられてしまった。
「……誰のせいよ。」
「俺のおかげ、かな?」
かつてしたことのある会話に、また一粒雫が落ちた。
本当に、敦志なんだ。
もうだいぶ会っていなくて、声すら聞いていなかったのに。
耳に伝わる彼の声は心まで響き、視界にいる敦志は、すっかり私の瞳の中に馴染んでいて。
離れていたのが信じられないくらいに、敦志とのキスも会話も自然で、一粒の涙が地面へと消えた後はいつの間にか涙は止まっていて、変わりに私の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
「なぁ、奈々子。」
ハンカチでトントンと敦志の口元を拭いてあげていると、彼がその手首を掴み、呼びかけてきた。
「なに?」
言いながら、また滲んできた敦志の唇の血を早く拭いたいと意識はそちらに集中していた。
「愛してる。」
一瞬キョトン、としてしまった。
え?今?
このタイミング?
唖然として敦志を見つめると、敦志は優しく「タイミングおかしい?」と言って笑った。
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