≪壱≫

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耳に入るのは、芹沢鴨の卑しい声、泣き叫ぶその他人間の声。 それと、芹沢に制止をかける仲間の声。 夜の闇を色鮮やかに染める真空の炎は、美しいの他に言い様がなかった。 「松平のお殿様に、ご報告しなきゃな…。」 低音で耳に心地好い声が響けば、次の瞬間には少女の姿は消えていた。 少女の名は狼子。 本当はもっと別の名があったのだが、少女はその事実を知らない。 しばらくすると、先程まで狼子がいた場所に漆黒のカラスが止まった。 カラスの目は、無機質に芹沢へと向けられる。 色を映さないカラスの瞳には、深紅の炎など分かる筈はない。 しかし、カラスの瞳は炎を愛しく眺め、芹沢を見つめた。 その頃、少女は。 「…松平のお殿様、成り行き屋でございます。」 静かな屋敷の静かな庭に、狼子の声が響く。 ここは、会津藩主松平家の屋敷。 辺りを多くの自然に囲まれた大豪邸である。 「……入れ。」 中の声に御意と告げ、狼子は藩主松平容保の寝所へと足を踏み入れた。 .
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