頭領

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娘の声で春戸の目線は足元から前方に移った。 ぼんやりと明りが見える。どうやら寂しい村のようだ。 娘の家の前に着くと、娘は春戸を待たせて家の中へと走り、すぐに帰ってきた。 「どうぞお侍様。貧相な家ですが、中で夕食の支度をお待ちくだされ。」 「はぁ、かたじけない。いやしかし、それにしてもまだ夕餉を食うておらなんだとは拙者も幸運でござったのぅ」 娘はまたその顔を恥ずかしそうにすると、どうぞと言い春戸を家に招き入れる。 中には娘の父親と母親、そして娘の弟達であろうか。四人のまだ幼い子供たちが戯れている。 娘の父親と母親は春戸に頭を下げると 「まことにボロな家ではございますが、何卒平にご容赦くださいませ、お侍様。」 春戸は微笑すると 「いえ、拙者はたかが落ち武者でございますれば、お気遣いは無用にて。今晩泊めて頂くだけにも仏の加護を得た心地でございます。」 そういって頭を少し下げた。 思いがけない反応に父親は大いに恐縮しいっそう床に頭をこすりつけた。 この時代の農民たちにとって武士と言うのは一方的に搾取する側であり、恐怖の対象であった。 その証拠に娘の父親と母親の目はどこか恐怖で濁っていた。 娘の目は少し違った。頭を下げてはいるものの、出会った先刻とは違い、その目に恐怖の色はみられない。むしろ物珍しげな目で春戸を見上げている。
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