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だけどこれ以上夫に迷惑をかけるわけにはいかないと思った。夫は王であり、私は妻だ。王のさまたげになるようなことをしてはならない。私が異端審問にかけられることはすなわち、息子もそうなる危険性があったし、へたをうてば夫が王位を剥奪される可能性が否めない。
息子は普通の人間だった。普通の速さで歳をとる人間だった。
だが、私が国民から罵声を浴び、果物や石を投げられるようになると、夫は急に体調を悪くした。精神の強い人ではないことはよくわかっていたし、あの森でヒマをもてあまして蓄えた薬の知識を生かし、夫の看病をする。
「すまない。情けない王で……かならずきみの潔白を証明する。絶対に」
情けない顔だな、と思った。それが仮にも王がする顔か、と。けれどそんな表情すら、私には喜ばしくいとおしい。
「もういいのです。王妃が異端審問にかけられるなどあっていいわけない。私を殺してください」
私は満足していた。この生にくいなどない。むしろここで死ななければ、このさき悔いる気がしたのだ。
「なにをいうのだ!」
夫は怒った。夫が私に向かって怒ったのは初めてだったと思う。
夫の前で涙を流した。何十年ぶりかに、泣いた。怒られたことに驚いたり悲しくて泣いたのではなく、妻である私からしても愛妻家であまり気が強くなく、一度も私に怒ったことなどないような彼が、私の死を引き止めるために怒ったことが嬉しくて泣いた。
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