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「ダムができるんですか?」
「そんな話もあったなぁ…その後どうなったか…」
初老の男は薄くなった後頭部を掻きながら、はて、と首をひねった。
神菜(カンナ)がダムについて尋ねたのは元々この男が持ってきた数年前の郷土史が原因だった。
男は一週間に一度、必ず神菜の家を尋ねる。
正確には、神菜の父が神主を務めている家の裏にある神社を参拝しに来るのだ。
その度に長い階段の登り降りで疲れた足を休めに、神菜の家に寄っていく。
そうするのは何もこの男だけではない。
この五神尊神社を参拝する顔なじみの人々は皆そうするのだから、近所づきあいの一貫のようなものなのかもしれない。
神菜は物心ついた時からそうして参拝者の話し相手になってきたから、随分と情報通になってしまった。
「そうだったぃ!ちょうど神菜ちゃんが生まれた年だよ!話が打ち切りになったのは」
「そうなんですか」
ならば、自分が知らないのも無理はないのかもしれない。
神菜は神社の足幅の不揃いな長い石造りの階段を眺め、男に茶のおかわりを注いでやった。
神留町は、小高い山々の連なる山脈に囲まれており、その山脈の谷間に流れる河川沿いの平地に集落のある小さな田舎町だ。
隣接する街に行くには深い谷にかかった大橋を渡るか、トンネルを抜ける必要がある。
町には幾つか天然温泉があり、夏場にはホタルの見られる水場がいくつもあるという、豊かな自然に恵まれた土地であった。
そして、神留町のちょうど中央に位置している神社が五神尊神社である。
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