振られた僕と、死なれた彼女

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 僕は自分のベットに寝ころんで、じっと天井を見つめていた。  新しい部屋は恐ろしく寒い。高い天井の部屋の中は、冷たくて澄んだ空気で埋め尽くされている。まるで実体のない水の中にいるみたいだ。中途半端な季節に引っ越しをしたものだから、暖房器具はちっぽけな電気ストーブしかないし、その光は赤くて明るいだけで、u体の芯から温めてくれるようなことはまるでなかった。気の抜けたようなスチームが、薄っぺらな水蒸気をはき出すだけだった。僕は衣装ケースのおくのほうにしまい込んであった厚手の長袖シャツを引っ張り出し、ヨット・パーカーの下に重ね着した。それでもいっこうに身体は温まらないので、熱い紅茶を延々と飲み続けている。  僕はいい加減身を起こし、部屋をぐるっと見回す。窓際には机とスクリーン・セーバーを表示しているパソコンがある。その横には、ロフトに続く白いはしごがある。ベットの横には二つの本棚があって、その棚には「ノルウェイの森」の下巻と「つめたいよるに」の二冊しか入っていない。本来その空間を埋めるべきものはすべて開封されていない段ボール箱のどこかに紛れ込んでいるのだ。  うずたかく積まれた段ボールは、海岸に打ち上げられた海鳥の死体を連想させた。あるいは、サバンナでライオンに殺されてしまった哀れなガゼルを連想させた。その完全に死んでいるカーキ色の箱を、僕はずっと開封できずにいる。だから台所には調理道具一つないし、電話を受けてもメモ一つ取ることが出来ない。「つめたいよるに」を手にとって、適当な部分を適当に流し読みするくらいしか、ひまをつぶす手だてがない。  一体いつまで、僕は引っ越しの完了を先延ばしにする気なのだろう。なぜとっととこの段ボール箱をいたっ切れに変えてしまい、中のものをあるべき場所へ戻し、新しい生活を始めようとしないのだろう。  何もかも新しく始めればいいだけの話だった。思い出も後悔も未練も愛情も、解体された段ボールと一緒にゴミ捨て場においてくればよいだけの話だった。ろくでもない女に引っかかったことを嘆き、その悪口を一ダースくらい友人にぶちまければいいだけの話だった。向かいのコンビニのかわいい女の子に声を掛けて、新しいガール・フレンドを作ればよいだけの話だった。  でも僕は、段ボール箱のガムテープにすら手をかけていない。
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