振られた僕と、死なれた彼女

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 君はがらんと広い部屋の真ん中に座っていた。季節は二月。床はむき出しのフローリング。もちろん部屋の片隅にある灯油ストーブは、その機能を果たさずに沈黙していた。まるでピラミッドのそばでじっとたたずんでいるスフィンクスのように。  この部屋に入るのは1週間ぶりなのだ。部屋の中は冷凍庫のようにキンキンに冷えていて、君の体温は、その細い二本の足から床に容赦なく吸い取られていった。西向きの大振りな窓から差し込んでくる橙色の光も、明るいだけでけっして周囲を温めてはくれない。むしろその色合いが鮮やかであればあるほど、透明な涼しさが部屋中を包んでいくような気さえする。  でも君はそんなことまるで気にしていないみたいだ。そのまなざしは部屋の奥の方、ずいぶんと大きく作りつけられているクローゼットに向けられていた。  君はそのクローゼットの中身について想像した。自分ならその大振りの、幅二メートルくらいあるクローゼットをどのように使うのか思いを巡らせた。まず、下半分にはレイと私の衣装ケースを置こう。二人合わせて三段のものが三つ。それでも十分に収まる。問題は上の部分だ。いくら私の服が多いからと言って、この幅を埋めるのは困難だ。レイが持っているのなんて、くたびれたタケオ・キクチのスーツと分厚い紫のダウンジャケット、そして、ゴアテックスの迷彩柄のウインド・ブレーカーぐらい。どう考えたって、スペースが余ってしまう。思い切って本棚を置くのも悪くないかもしれないな。  クローゼットの上三分の二の空白を思い描いたところで、君は現実へと戻ってきた。レイ君のいない現実へと。がらんどうのクローゼットが目の前にある現実へと。君は無表情のまま、クローゼットを眺めたまま、白くて冷たい小さな拳をフローリングへとたたきつけた。その音は、がらんとした部屋、二人で住むために見繕った二DKのマンションにむなしく響き渡った。君は人差し指の付け根に鈍い痛みを感じる。手足の先は冷え切っているというのに、その部分だけがストーブに当てられたように熱くなっている。でも、ちょっぴり赤くなっているだけだ。骨も見えていなければ、血すら流れていない。君は自分の拳骨を忌々しげに見つめる。壊れてしまえば、まだ気も晴れるのに。
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