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僕は君の細い肩をしっかりと抱き寄せ、その温かみを確かめる。君がそこにいることが、幻や間違いの類ではないことを確認しようとする。平らな胸や、その先端に申し訳程度についている乳首や、なだらかな腹や、その先にある陰毛なんかを確認する。君という実体が確か僕の隣に存在していて、呼吸をしていて、血液の流れがあって、生きていることを確認する。
でもどれだけ確かめてみたところで、僕はそれを現実のものとして受け止めることが出来ない。過ぎ去ってしまった時間は乾いた泥細工みたいにぽろぽろと崩れ落ち、時折吹く強い風によって無惨にも散らされてしまう。あたたかで柔らかな君の中も、射精のあとのけだるい下半身も、君の泣いているようなあえぎ声も、何もかもが遠い国の王宮の出来事のように感じてしまう。砂漠のオアシスに堂々とそびえる、タージ・マハル風の建物の中で、大きな団扇で仰がれているみたいに。
君は僕に抱かれながら、一体なにを考えているんだろう。その小さくて温かな頭の中では、一体どんな想像をしているんだろう。僕はそれについて、二つの仮説を持っていた。一つめは何も考えていないと言うこと。どこまでも真っ白でクリアな世界に君は立ちすくんでいて、じっと向こう側を眺めている。でもその世界には向こう側なんてない。こちら側もなければあちら側もない。きれいさっぱり何もない。不出来な半球状の空間の中心に立ち終点のあわない視線をどちらともつかない方角に漂わせているだけ。そして二つめは、彼のことを考えている、と言うことだ。
もしも前者だったなら、まだしも僕は救われていただろう。もちろんそれが救いとは言い切れない。なぜなら君の意識の中には、僕の名前すらひとかけらもないのだから。それはむしろ、お互いをさらなる混乱へと誘う最悪の状態といえなくもない。その真っ白な空間にはどんな文字もどんな感情も、砂場にお絵かきをするくらいにいとも簡単に行えてしまうのだから。その場合、少なくとも僕は代替ではない。誰かの代わりではないし何かの代わりでもない。顔も見たことのない君の彼氏の代わりでもないし、妙な動きをするヴヴィヴィットな色合いの大人のおもちゃの代わりでもない。意識されていようがいまいが、僕は僕として、君の瞳には映っているはずだ。
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