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僕は君の唐突な問いに即答出来ない。いったいこの女性は、どういう答えを望んでいるんだろう。僕は彼女の気持ちを想像し、死後の世界を想像し、そこに住んでいるであろう人たちを想像する。どうしてだか一番始めに浮かんできたのは、アドルフ・ヒトラーに扮したチャップリンの顔だった。きっとこの前「チャップリンの独裁者」を見たせいだろう。
「ないよ」と僕は意を決して言う。
「死んだあとには何もない。死人は窯で焼かれ、煙突から立ち上る煙は雲になって雨になる。そしてそれは土に還るんだ。骨壺には灰が残るかもしれない。周りの人々には思い出が残るかもしれない。でも死人自体は、どこに行くわけでもないしどうなるわけでもない」
僕の口からは、すらすらと言葉が浮かんでくる。まるで英会話の練習テープみたいに、よどみなく、一定の声量で。だってこれは、ずっとずっと練っていた回答なのだ。近いうちに君にそう言う質問をされても大丈夫なように、考えていたものだったのだ。
正直な話、僕にはどちらでもよかった。死後の世界があって幽霊がいて、人間には肉体の他に魂と呼ばれるものがあって、肉体が滅びた後は死後の世界で幽霊になって…というような、ステレオタイプの現象が実際に起こっていても良かった。墓場に脚のない白装束の美女がたたずんでいても良かったし、交通事故現場のガードレールに犠牲者の子供が座り込んでいても良かった。
でも嘘だったとしても、戯れ言だったとしても、君の前でそれを認めるわけにはいかなかったのだ。
「だって、そんなもの、誰も見たことがないでしょ。臨死体験とかあったとしても、それは本人がそう言ってるだけで、事実とは言えない。僕は証明されていないものを信じる気にはなれない。それに…」
「それに?」
「そんなものがあったら、人間は生きていく理由をなくしちゃうよ、きっと。少なくとも僕に大事な人がいて、それを亡くして、死後の世界があることが分かったなら、僕は後を追うと思う」
僕は君みたいにね、という言葉をかろうじて飲み込む。君は僕の答えについてじっと考えているように見える。人差し指を唇に付け、手狭なベットのシーツをじっと眺めている。僕は君の横顔を見ながら、イタリアの彫刻を思い描く。あの作品名は一体何だっけ?
「じゃああたしは、もう二度とレイにはあえないの?」
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