ソ ラ ハ ナ

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生徒としての貴人は、文句のつけようがない優秀さだった。 頭が良い。回転も速い。理解力は言うに及ばず、応用力も素晴らしい。一度言ったことはきちんと憶え、其処から新たな疑問や展開を作り出す。 ほんの数か月で青龍と対等に議論出来るようになった時には、顔には出さなかったが、青龍はかなりの処驚いた。 そうしてやっぱり、人形のようだ、と思ったのだ。 そう思った理由は、貴人が優秀過ぎただけではない。貴人が、全くもって子供らしくなかったこともその一つだ。 青龍は、貴人が泣いたり怒ったりした処を見たことがない。楽しそうな顔もだ。 表情の変化に乏しく、精々穏やかな微笑を――それも子供らしくない大人びた微笑を――浮かべるのを見たことがある程度。 青龍は基本的に子供という生き物が苦手だし、泣かれたり喚かれたりすると始末に負えないしどうしたら良いのか解らなくなるが、それにしても貴人は子供らしくない。 子供というのはもっと、感情を強く出す生き物ではなかったか。 そう思うが、しかし実際に貴人に泣かれでもしたら青龍は心底困ることになるので、それはそれで遠慮したい。 ……他人に、と言うか龍族の連中(眼鏡ども)にでも聞かれたら腹を抱えて笑われそうな思考。それを複雑な心境で持て余しながら、青龍はただただ優秀過ぎる貴人に対し、変わらない日々を送り続けた。 そんなある日。 いつものように貴人の処に訪れた青龍だったが、邸内がばたばたと騒がしいことにふと眉を寄せた。 貴人の住まう邸宅は、主となる貴人が大人しい所為か、こんな慌ただしい空気になることは滅多とない。 「どうかしたか」 緊張した面持ちで出迎えた使用人に問えば、相手は僅か泣きそうに顔を歪めた。 「……貴人様が……っ」 震える声で口にした使用人の言葉を最後まで聞かず、青龍は彼には珍しい早足で、貴人の部屋へと向かった。 辿り着いた部屋の前に、人。その顔は青龍も知っている、使用人頭だ。 青龍の姿を認め、それから少しだけ憚るように、部屋の前を離れた。万が一にも声が中に居るらしい貴人に届かないように、という配慮か。 黙ってそれに応じ、それから目だけで何があったと問うた青龍に返されたのは、貴人が怪我をした、という話だった。
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