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遠慮なく開けた扉の向こう、ベッドに座っていた貴人が、閉ざされた窓の向こうを眺めていた。
だがその姿は一瞬で、その視線は直ぐに扉の処、つまりは無遠慮に入室した青龍に向けられた。
ふわ、と穏やかな微笑。……だが今のそれは、少しばかり苦笑に近かった。
「青龍様、……すみません」
「謝る必要はない」
どちらかと言うと、謝らねばならないのはノックもなく入室した青龍だ。
「怪我の具合は」
青龍の言葉に更に微苦笑を深めた貴人に淡々と聞けば、困ったように微笑った。
「そんなに大袈裟なものではないです。怪我と言っても、打撲と擦過傷ぐらいですから」
「そうか」
実際には、骨折しなかったのは幸運以外の何物でもない、という話だった。状況が悪ければもっと酷い怪我を負っていただろう、と。
「窓から落ちたと聞いたが」
「はい。……窓にかかっていた枝に、鳥が止まっていて。そちらに手を伸ばした時に、バランスを崩して落ちてしまったんです」
重い本を持っていたのが災いしました、と微笑いながら言う貴人に、そっと息を吐いた。
それから、閉ざされていた窓を開ける。……窓から落ちた、ということを考慮して、使用人が閉めていたのだろう。貴人当人も、心配を掛けない為に自分で開けることはしなかった。そういうことだと思うが、青龍はやはり遠慮しなかった。
開けた窓から、風が入る。
それにひと時浸った後、同じように風に髪を撫でさせていた貴人に、声を掛けた。
「飛び立ちたかったか」
「…………」
返事をしない貴人を振り向く。
貴人は何処か、不思議な瞳をしていた。
「飛び立ちたかったか」
再度、同じ言葉。
貴人は不思議な瞳の色で青龍を見詰めた後、ふわりと穏やかに微笑した。
「――まさか」
その瞳と声に、嘘吐きめ、と苦笑した。
確かに、本人がそういう以上、貴人の説明に異を唱えることは難しい。況してやこれまで、誰にも迷惑どころか殆ど手間の一つも掛けなかった少年だ。
何か不穏なことが起こったのではという心配も、貴人がそう言って穏やかに微笑うのであれば解消される。……他人の機微に恐ろしく敏感な貴人の、それが一つ目の嘘。
そして二つ目は。
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