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もうすぐ夏が終わる。
頭上の木々から零れ落ちるヒグラシの声を聞きながら私は自転車を押す手に力を込めた。
蜃気楼がゆらゆら揺れる上り坂はほんの数メートルなのに、遥か彼方まで続く砂漠みたいに目の前に広がる。
ああ、このまま溶けてしまえたらいいのに。
澄ました空を仰ぎそんなことを考え、すぐに馬鹿らしくなった。
「なあ。」
私はゆっくり振り返る。
家が隣だった。
親同士が友達だった。
同じサッカー教室に通った。
同じ学校に入学し、そして卒業した。
そうやってとうとう高校生になってしまった。
お互い一番近いところにいながら、一番遠いところにいた。
「なあってば。」
私はため息交じりに答える。
「なに?」
あいつは小さく舌打ちして私の自転車のカゴにスクールバッグを放り込む。
「ちょっと。」
「あ?」
「重い。」
あいつは私を押しのけ自転車のハンドルを押す。
一人分の距離をおいて並んで歩く。
夕方の鈍い光が髪に降り注いで痛い。
あいつは私を横目で見て言った。
「髪、伸びたな。」
「まあね。」
自転車のチェーンがキイキイいった。
汚れて右足だけすり減ったスニーカー。
あいつは右足を引きずるような投げやりな歩き方をする。
「なあ。」
私は瞬きをしながらゆっくり答えた。
世界がはさみで切り取られるみたいに瞼の向こうに消える。
「なに?」
「アイス。」
「は?」
「アイス、食って帰ろうぜ。」
一人分の距離が半分になる。
ああ、このまま溶けてしまえばいいのに。
アイスみたいに溶けてしまえばいいのに。
もうすぐ夏が終わる。
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