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だが自分が誰なのかだけは、うっすらと脳内で浮上してくる。
「俺は……樋上、樋上 颯也。
……ぐ、これ以上何も思い出せない」
鈍痛がこめかみ辺りを駆け巡る。重度の記憶喪失だと俺は自覚した。
――しかし、どうも今居る場所の景色を眺めても、記憶が失われたとはいえ、こんな山岳地帯は日本で見た事がない。
では海外か? そんな事が脳裏をよぎるが、場所の見当が皆目つかなかった。
思い立ったように焦点を自分の体に定めるが、至ってカジュアルな軽装。手荷物らしき物も周りには一切見当たらない。
「とりあえずこの場に留まっていてもしょうがないし、付近を散策でもしてみようか」
失われた記憶を呼び覚ます為に、俺は崖から離れ、視界が晴れた獣道へと足を踏み入れた。
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