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「最近起きた戦争、ようやく終わったらしいぞ」
歓楽街の一角にある酒場は、酒と食事を楽しむ客の賑わいと威勢の良い店員の掛け声によって生み出された活気に包まれていた。
カウンターに座る作業服姿の中年の男は、隣で串を貪る同僚に話題を切り出すなりジョッキを傾ける。
琥珀色の液体がもたらす苦味とコクが喉を通り過ぎると、その余韻を楽しむように小さく唸った。
「ああ、あれか。何の根拠も無いのに他国の領土を『自分の国のものだ』って主張した国が潰されたんだってな」
「そうそれだ。うちの国は戦争する相手なんざ居ないし本当に平和だよなあ」
「でもよう、最近の『ゲブラー国』は危ねえよな。大義を掲げてドンパチやらかしてはいるけどよ、こないだの含めて、この十数年で三つの国を落としてるからなあ」
塩で味付けされた焼き鳥を口に運びながら同僚が眉を潜めて言う。
男は、赤く染まった鼻頭を指で擦りながら遠くを見るように目を細めた。
「『ホルス』が健在だった時は良かったよなあ。今みたく、ゲブラーだけじゃなくて他の国も戦争なんざやらねえで平和に過ごしてたってのに」
「ああ、ホルスは良かった。でも王様がいかれちまったのは残念だったよな。妙な呪術にハマったとか聞くしよう」
まさかあそこまで綺麗に滅ぶとは思わなかった。
男達の会話は、酒が進むにつれて熱を帯び、回顧に至る。
──ホルス。世界地図から消えた国。
幼さが残る小さな唇からそんな呟きが漏れる。
カウンターに座る隣の男たちの会話は、聞き耳を立てなくても自然と聞こえてしまう。
思い立ったようにオレンジジュースを飲み干して席を立つ一つの影。
それが纏う真っ黒な外套の中で、金色のブローチが鈍い光彩を放っていた。
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