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空はじめじめとした空気と、雨雲により覆われていた。
月明かりを失った夜は孤独なほど寂しい。
街灯の明かりが何故か全て消えていた。
静まり返った人気のない町並みは、不気味なほど静謐である。
夜道の一人歩きが危険だと言う事は、その女性も十二分に知っていた。
スーツ姿の女性は、手鞄に防犯スプレーと防犯ブザーを入れている事を失念している。
理由は度重なるストレスの為だ。
毎晩毎晩、仕事帰りを付けられている気配があった。
警察に届け出は出したが、事件が起こってからでは無いと本格的に動き出さないのは、警察機構の悪い風習と言えよう。
今日はやけに耳に足音が響いて来る。
等間隔でつかず離れずの足音は相変わらずだ。
女性は意を決して背後を振り返った。
一本道、明滅する自販機の横に人影があった。
ひょろ長い身体つきに、黒いTシャツにジーンズとみすぼらしい姿だ。
季節は秋に移ったばかりである。
その姿では、この肌寒い夜では冷える筈だ。
「お前……だ。お前に違いない……」
男の口から、低い低い声が響く。
女性は自販機から漏れる光りに照らされた、男の見え隠れする顔に張り付いた狂気の表情を見た。
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